あの頃は良かったと思える日々を今過ごしているのである

うちの窓からは富士山が見える。夏は見えない。大気が澄み渡る冬にだけ姿を現す。晴れた日が続くこの季節の朝、目覚めて南西に面した出窓のカーテンを引くと、ほとんど毎日、白い富士がそこにある。

うちのマンションはちょうど台地と低地の境界の台地側に建っている。南側の一帯が低地になっており、そのまま多摩川まで低地が続く。だから五階にあるぼくの部屋からは、家の南西に広がる住宅街やその向こうの(おそらく他県のものと思われる)山並みまで一望できる。そのさらに向こうに、ひときわ大きな稜線がある。富士だ。

夕方、太陽は富士山の向こうに沈む。朝は白かった山が、黒く塗りつぶされたシルエットになり、その日によって違う配色の夜と昼の境界線を背負う。境界線は、長く横にたなびいて、引き伸ばされた時間のように大きく広がっている。薄い月が出て、エネルギーの強い星から順番に瞬きはじめる中、さまざまな深さのブルー、オレンジ、闇、透明が滲み数十分のあいだ幻想的に変化し続けるこの空と富士の共生が、東京都下の住宅街で日常的に繰り広げられていることを知っている人はそれほど多くはないかもしれない。

外国人への「コンプレックス」は私たちの欲望だ

www3.nhk.or.jp


彼らは自分が被害者だと思っている。余所者は自分たちよりも美しくなく、雰囲気を損ね、個人的な欲望でみんなが大事にしてきた秩序を乱す。善意に基く制度にずる賢くたかり甘い汁を吸っている……そう考えているのではないだろうか。

ぼくとしては、仮にそれらが事実だとしても、「かまわない」と思えるかどうかが重要だと思っている。

秩序を乱す人、慎みを失っている人に気持ちをかき乱されるのはなぜだろうか。それは自分だって似たような状態に陥ることがあるからではないか。ちょっとしたずるや幸運によって恵まれた立場を手にして、それを当然のこととしていた過去が自分にも少しはあったからではないだろうか。

自分だっていい思いがしたい。補助金もらって、制度の穴をかいくぐって、親切な人に甘えたい。旅行して、浮かれて、金を使って、騒いで、顰蹙を買いたい。

外国人への「コンプレックス」は私たちの欲望だ。

意見を巡る攻防

「多勢はこの映画をこう観たようだ」という文脈を理解してから映画を観て、文脈への付け加えをもって「自分の意見」とする映画ファンは多いように思う。映画ならそれも楽しみ方のひとつだけど、日々のニュースを受け止めるときも同じ作法になっているケースが多く見られる。

文脈を手元にキープしておけば理解のスピードは上がる。ひとつひとつを捌いていく効率は良くなる。しかしそのやり方では、「自分の意見」を持つときに、文脈を横断する直感力が働かない可能性が高い。文脈そのものの存在意義を問う感覚も生まれにくい。

「理解を助ける」コンテンツ、言葉が溢れている。理解できることは快感であり、理解できないことを恥ずかしいと感じるからだと思う。

偏見を巡る攻防

人の偏見を目の当たりにすると、うまく対処できない感情にモヤモヤしているんだなってわかる。一刻も早く、自分をすっきりさせるための、いつもの断定を口にしないとすまされないという雰囲気。背に腹はかえられぬといった感じで、モヤモヤからすっきりへの落とし込みが手早く強引になっている。

 

モヤモヤという老廃物は、すっきりとデトックスされずに心の中で淀み続けているほうが自然な状態なのだとぼくは思う。カテゴライズの力を借りて性急に葬ったモヤモヤは何度でもよみがえるが、偏見と固定概念だけは一度打ち込まれるといともたやすく根を下ろす。

ひとつふたつの偏見ですぐに人間はだめにならないが、積み重ねていくと危険だ。自らの偏見に気づくことで心は無意識にそれを恥じる。しかし意識ではそれを認めないために、有り合わせのアイテムで防衛線を張ろうとする。

「自分探し」にまつわる真実

旅する理由を訊ねられて、「自分探し」だと最初にいった人はなにを考えていたのだろう。どこかの誰かが「自分探し」といったせいで、ぼくたちはときどき、旅をしない人からその言葉を使って揶揄される。その揶揄は的外れだと前々から考えていた。
旅の魅力は、自分ではなく、他者と出会えることにある。ここでいう他者とは、ノリノリで意気投合した旅仲間のことではなく、どちらかというと、「仲間」になることもなく過ぎ去っていった人たちや風景のことだ。そんな他者との関わりが、望むと望まざるに関わらず発生し続けるのが、異国の旅。物を買ったり、食事をしたり、トイレを探したり、乗り物で移動したりするだけでそれが起きるので、旅の過程は他者まみれだといっていい。では、そのようにして他者と出会って、私たちの内面にはどのような変化が起きるのか。腹を立てる場合もあれば、ほっこりするようなこともあるだろう。舞い上がったり、小さくなったり、同情したりもするだろう。いずれにせよたしかなことがある。それは、「自分のことを考えている場合じゃなくなる」ということである。すなわち、自分から自由になる。少なからず強制的に。旅の旅たる所以はここにある。
それならば、こういえるのではないか。異国を旅する理由は、まず「他者探し」にある。そしてその先に待つのは「自分忘れ」の旅であると。

 

では、自分はどこで見つかるのだろうか。「自分探し」は旅以外のどこかで行われているのだろうか。ぼくの考えでは「自分探し」は日常生活の中で行われており、その人の所属する社会がその舞台になっている。
自分とは? その答えは自分のことを知っている誰かの頭の中にある。自分について思い悩むことがあったら、深夜のファミレスか喫茶店に辛抱強い友人を呼び出して、「俺ってどんなやつ?」「私ってどんな人間だと思う?」と訊くといい。「おもしろいやつ」「意外に真面目」「辛辣」「頼りになるムードメーカー」「元気だけどみんなに気ぃ遣ってるよね」「頑固だけど芯があってそこがいい」なんて答えが返ってくるだろう。予想と違った回答でも、帰る頃には気持ちは軽くなっている。彼(彼女)の中に自分がいたことだけで「自分探し」の第一目的は達成しているともいえるからだ。
職場にも自分は見つかる。そこには今日も明日も変わらない自分の役割がある。家族や恋人の頭の中には、よりはっきりと自分が存在している。行きつけの飲み屋、SNSの相互フォロー、ペット、ご近所、活気のあるグループLINE。みんな、顔を見せればあなたがが誰だか教えてくれる。
どうだろう?
ぼくには案外、「地に足のついた」生活をおくる彼らの方こそ「自分探し」が止まらないように見えるのだ。

 

旅先では、一日で出会う誰の心にも自分が存在しない。それゆえに旅の最中にも関わらずSNSの方を向きすぎてしまい、「他者探し」よりもフォロワーや友人の頭の中に存在する自分を探すのに忙しくしてしまう人もいる。無理もないことだと思う。
「地に足のついた」人たちが生活から離れることができずにいる理由は、つきつめたら仕事や家庭の問題ではないことが多い。いっときも中断できないのは、本当は生活そのものではなく、自分探しなのだ。この職場に今日も自分の居場所はあるだろうか。恋人は自分のことを大切に思っているだろうか。友人たちは自分がいないところで盛り上がっていないだろうか。自分の思想信条は正しく理解され、見合ったリスペクトを受けているだろうか。
絶景や美食、刺激的な異文化、浴びたことのない風に憧れても「でも日本がいちばん楽だし」とうそぶく彼らは、旅が「他者探し」であることに勘づいている。

 

終わりなき日常のなかの「自分探し」の円環に閉じ込められないために、私たちにできることはなにか。ぼくの考えでは、そのための確実な方法は存在しない。成功体験や子供の頃の人間関係や身体感覚やいろいろなものが関係している。しかし、長い人生で発見してきた自分という存在 (その人にとっての「深夜のファミレス」)の蓄積を、目先の都合で、捨てたり選び直したり書き換えたりしないことは大切だろう。それをやるたびに、自分はバラバラになり、結果的にまた新しい自分を蓄積する必要が出てきてしまうのは火を見るよりも明らかだから。
目先の都合とはなにか。それは、ある個人や集団とうまくやっていきたいという都合か、挫折から立ち直るためという都合のどちらかが多いようだ。誰にでもある都合であり、少なからず自己変革を要し、また痛みを伴う。問題は、その変革の過程で、リセットへの願望や、過去の自分を別のなにかに仮託してそのなにかを激烈に否定したい願望に駆られることである。それがつまり、バラバラになることの実態である。

 

ぼくはぼくにとっての「深夜のファミレス」を大切にしているし、それに助けられている。思い出はよく記憶しているほうだ。というか、たぶん、余す所なく記憶している。過去の体験を、新しい生活や出会いが上書きするようなことはぼくの場合、考えられない。その記憶たちが、一日で出会う誰の心にも自分が存在しない「自分忘れ」の旅での道筋になったと信じている。自分探しが必要ない状態になれば、そのあとにはきっと、いいことがある。

ビクトリア朝では「病気がち」であることがステータスだった

アガサ・クリスティの自伝を読んでいて興味深いと感じたことの一つに、彼女の少女時代、ビクトリア朝のイギリスでは女性たちのあいだで「病気がち」であることが流行していたというエピソードがあった。病気そのものではない。「病気がち」が流行っていたのである。「身体が丈夫ではない」ことは妙齢の女性にとってステータスだった。活発でタフな少女だったアガサ・クリスティは、ちょっとだけ小馬鹿にしたように当時をそう振り返っている。

と、こんな前置きをしたのも、今の時代も同じだと考えたからである。面白いことに、人はその性格によって、自慢(ステータス)に思っていることの内容が正反対だったりする。

例えばこうだ。

ある人は、昨日の睡眠時間の少なさを自慢をする。別の人はかかりつけ医から出される常備薬の多さを自慢する。ある人は、自分は会社に泊まり込むほどの長時間労働にだって耐えられることを誇る。別の人は自分はあらゆることに無気力で引きこもり体質なのだと嬉しそうに語る。己がタフであることを誇るならわかりやすい。しかし、そうでないことも、本人は意外に自分自身を表現するちょっとしたポイントだと思っているふしがある。ビクトリア朝の女性たちも同じだったことを思うと、人間って……と考えてしまう。

ぼくがそれを自慢(ステータス)だと言ったのは、先述したように、彼らがそれを誇らしげに、嬉しそうに語っているように見えたからだ。飛行機が苦手。飲みニケーションが苦手。あれが持病だ、これが体質だ。自分は繊細なのだ。傷つきやすいのだ。

「誇らしくなんかない、知ってもらわなきゃ困るから言うんだ!」うん、そうかもしれない。でも、そういう人もいるし、そうでない人もいる、とぼくは感じたのである。そしてどうやら、アガサ・クリスティも同じだったらしい。

ところでぼく自身、好みのうるささや、性格の気難しさを堂々と語ってしまうときがある。そういうとき、やはりどこかでそんな自分への愛着を感じて、あえて開き直ってツッパっているのだろう。だが、自分の精神面に関して、「ぼくの心は繊細だ」「傷つきやすく、感受性豊かだ」と言ったことはなかった。そんなのどうしたって主観でしかないじゃないか、と突っ込んでしまうのだ。要するに、自分が感じていることは、他人も同じように感じているのだとぼくは基本的に思っている。傷も、喜びも、人の悪意も、季節が移り変わっていく匂いも。そのポテンシャルの段階から、自分と他人を区別して考えたら進む話も進まなくなってしまうだろう。いや、ひょっとしてみんな、進めたくないのだろうか?

焼き付けるということについて

旅の最中は、今よりもSNSとの距離が近かった。だから、ある経験に遭遇すると、よくこう考えた。これは投稿するべきか、と。だいたいぼくはそういうとき、やめておこう、という結論を出した。

SNSでの発信が活発な人間について、彼らの「承認欲求」というモチベーションが指摘される。自慢、見栄、マウンティングとも近いところにあるその言葉は、ぼくはそれほど重要なものではないと思う。ぼくが気になるのは、そんな彼らよりも少し慎みがある人たちのことだ。慎みがある人たちは、衝動的には投稿しない。ぼくがそうだったように、その投稿が他人にとって、自分にとって、どんな意味を持つのかをいつも慎重に吟味している。そして、あるとき、大切なことの象徴的な一部だけを切りとったテキストや写真の欠片を、いかにもひっそりとネットの世界に放流する。多くの場合、他人からみたらその投稿が意味するところはぼんやりとしかわからない。

個人的な慎みを乗り越えて投稿された彼らの文章や写真は、その人にとってどんな意味を持っているのだろうか。その投稿に限って、やめておこう、という結論に至らなかったのはなぜだろうか。自分の経験に照らし合わせて考えてみると、ぼくはこう推測できる。彼らは焼き付けたかったのだ、と。カレンダーの特別な日に丸をつけるみたいに。

丸は、その日は違った、という情報だけを残す。出来事を詳細に書く必要なんてない。それは頭の中にあるからだ。だが、なにも残さなかったらなにも無かったような気がしてしまう。感情は記憶にだけ留めておくが、それが存在したことは思い出せるようにしたい。慎みがある人たちの、抑制された一言や一枚は、その丸なのだと思う。

ぼくは、その丸すらもなるべくつけないようにした。今もそうしている。これが特別だと決めてしまうと、もっと特別なことはやってこない気がするから。