無理して楽しむ

自分のすべきことが分かっていない状態で楽しみを追い求めると、そこに無理が発生する。放浪の旅では、膨大な自由時間があり、やることも決まっていないから、無理して楽しむことは旅のつきものだと言える。
そして、それは日常生活でも同じだったりする。

 

アニメのイベントに出かけたら入場待ちで二時間立ちっぱなしだったり、友達が一人しかいない飲み会に勇気を出して行ったらひどく疲れたり、そういうことだ。

 

体を酷使したり、人に調子を合わせたり、馴染めない集団に属したり、という無理を若い人間ほどよくやる。
逆に歳を取ると人は学習して、予期できる無理は避けるようになる。いくらディズニーランドが楽しくても、歳を取ると「アトラクションの列に並ぶことが出来ない」という判断が優勢になる。

 

それでも、列に並ぶ大人がいたら、それは二種類に分かれるだろう。一方は足の痛みや時間のロスも面白がることのできる大人(A)、もう一方はすべきことが見つかっていないからまだ無理をし続けている大人(B)。

 

大多数の大人は無理しないのでそもそも列に並ばない。そんな彼らにも二種類の人間がいる。一方は他にすべきことを持っている大人(C)、もう一方は楽しみを追い求めなくなった大人(D)。

 

Aは幸せだ。才能がいる。旅人はある程度Aの気質が必要となる。大多数の大人はいくらかの妥協を重ねてCに至る。Cには、夢を叶えて生活を安定させた人から定まった目標に向かう成長の過程にある人、ささやかな趣味が結果的に生きがいになった人まで、幅広い大人が属する。

 

若者であればAとBの境目は限りなく曖昧だ。それが人生経験を作る。だけど大人になると、その人がどちらに属するかはっきりする。面白がってきたのか、無理してきたのかが、クリアになるのだ。
CとDの境界は老人になってから特にはっきりするだろう。満ち足りているのか、閉じているのか、という違いだ。
大人は、BとDにはなってはいけない。

ロシアとウクライナが戦争をしているが、よく分からない

ロシアとウクライナが戦争をしているが、よく分からない。開戦の経緯を追っていたわけではないし、両国の現代史を学んだこともないからだ。そして、その戦争でぼくが命や財産、仕事を失うことはない。

世界についてなにも知らない、というわけではない。三年前の長旅では各地でロシア人にもウクライナ人にも会った。それぞれの国には入国しなかったが、シベリア鉄道でモンゴルに行って、カザフスタンキルギスウズベキスタン中央アジアを長く巡っていた。旧ソビエト連邦であるそれらの地域には合わせて三ヶ月滞在し、キリル文字やロシア語の響きを知り、社会主義の名残を街並みや博物館などで見る機会もあった。罪と罰カラマーゾフの兄弟は最後まで読んでいる。大学では、タルコフスキーの映画を半年かけて丁寧に観る講義を受講したこともある。

だけど、その程度の知識と経験は、その程度の知識と経験でしかない。つまり、ロシアとウクライナが戦争をしているが、過去の知識を動員し、ちょっとニュースを読んだ程度では、ぼくはまだよく分からない。分からないし、その戦争でぼくが命や財産、仕事を失うことはない。

ロシアとウクライナが開戦して、それぞれの国についてかなり詳しい人が突如として大量に現れ、一斉に気の利いたことを言いはじめた。そこで交わされる「発信」のほぼすべては、ロシア人やウクライナ人が読むことを想定したものではなく、ヨーロッパやアメリカや中国と意見交換しているわけでもない。何を感じるのかというと、戦争という非常事態への「対応」の必要性があって「発信」しているのではないのだろう、ということだ。ワイドショーを見て、家族相手に芸能人の批判を大々的に繰り広げているような、構図を抜き取ればそのくらいの落差がある。

ウイスキー用のロックアイスの大きなかたまりをダンベルで砕いていると

深夜の十二時を過ぎて、ウイスキー用のロックアイスの大きなかたまりをダンベルで砕いていると、眠気もとれてきた。

さて、一年二ヶ月の旅についてのブログを書くのに、すでに三年七ヶ月が経過している。だけど途中でやめたりはしないよ。旅そのものも同じだけど、いっときの熱ではじめたものではないから、飽きたりはしない。継続は力なりと言うけれど、本当に重要なのは、いまはじめようとしているそのことが継続に値するのかどうかをはじめる前に真剣に吟味することだ。その吟味を乗り越えた対象には、ほとんど努力なんかせずに人は意欲を注ぎ続けることができる。これは、旅やブログや仕事だけでなく、アニメや音楽や読書にも当てはまる。好き、というのは本当に大切な感情だ。「なにか」の勢いを利用して好きになったものは、勢いの失速と共に必ず好きという気持ちも消え失せる。

 

環七から、引っ越した。もう半年前のことだ。
引っ越しはいいなと思う。
友だちが家を買った。住宅ローン減税がどうのこうのという理由で、2021年以内に家を買うとなにかと得だったらしい。
持ち家もいいけど、ぼくは「生活の拠点を変える」ことの魅力をまだ捨てられない。生活の拠点を変えると、やっぱり、新しく知ることが一気に増える。市役所への道筋、これまで使ったことのない系列のスーパー、図書館の貸し出しルール、最寄りの酒屋のビールの品揃え。そう、引っ越しをすると、毎日飲むビールやウイスキーの銘柄も変わってしまう。これまでのお気に入りが置いてなかったり、自分にとっては真新しい商品が置いてあったりして、なんとなくそれに適応してしまうのだ。適応といえば、ジョギングをする公園や、ちょっとした外食に使える店も新しく探すことになる。そして、それに適応することになる。
新しさに適応し、それが生活の標準になると、不意に、かつて標準だった生活や習慣が懐かしくなる。だから今は環七がとても懐かしい。懐かしいと感じるとき、我々は過去の自分(の幻想)を客観的に見ている。ぼくは、写真を見ないので、過去の感傷に浸るとき、記憶だけが頼りだ(写真は後ろ向きな感じがして見返せない)。自分を客観的に見るためには、自分が過去にならなければならない。そのためには、生活の拠点を変えることが最も手っ取り早く、そして前向きな気持ちでできることなのだ。

ゴリラはなぜマッチョなのか? デブはなぜデブなのか?

ゴリラはなぜ筋肉ムキムキのマッチョなのか、ふと気になってネットで調べた。いくつかのWEBページによると、秘密は食物を消化する菌にあるらしい。菌は胃の中にある。ゴリラが筋肉ムキムキのマッチョなのは考えれば考えるほど謎だ。ゴリラは草しか食べない。人間で言うと野菜しか食べないということになる。またゴリラは運動をしない。野生のゴリラはわからないが、動物園のゴリラは運動しない。ジム通いしている筋トレ好きのゴリラはいないだろうし、サンバイザーをして丁寧にウォーキングしているゴリラもいない。それなのに動物園のゴリラもマッチョだ。つまり、ゴリラはベジタリアンで運動もしないのに、勝手に筋肉がついてマッチョだということになる。

なぜか。ゴリラの胃にある菌は、食物を消化するときにその栄養分をタンパク質に変換する力を持っているらしいのだ。タンパク質が筋肉をつくる。人間がタンパク質をとるには肉を食べるしかないが、ゴリラはなにを食べてもタンパク質になってくれるので、ゴリラは人間とは違って食事をし生きている限りほとんど自動的に筋肉を増強・維持していくということになる。

 

なにを食べても筋肉になるゴリラとは対照的に、人間にはなにを食べても脂肪になるという人種がいる。高校生や大学生の頃、友だちとファミレスに行って一緒にメニューを覗き込んでいるとこんなことを言う人がいた。「このラザニア○○カロリーだってよ、すっげーなあ」。そういうときぼくは「うわーまじか」という感じで絶対に調子を合わせるが、いつも不思議だった。なにが不思議なのか。友だちがカロリーの表記を見ているということが不思議だったのだ。そしてそのカロリーが高いのか、低いのかを把握しているということも驚きだった。ぼくはファミレスのメニューにカロリーが表記されていることすら知らなかった。そのくらいカロリーに興味がなかったのだ。成人男性であれば一日に何カロリー摂取するのが標準で何カロリー以上は肥満に繋がるという話は家庭科の授業で習ったが、覚えているわけがない。ぼくはなにを食べても太らない。自分がなにを食べても太らないことを知って、それを公言し続けていると、なにを食べても太らないなんて言ってられるのは今のうちだけだと周囲に言われるが、今のうちのままもう十年以上過ぎている。

ぼくは毎晩ビールを飲むが、意外と知人にビール好きは少ない。どうやらビールは太るらしい。飲み会でもビールを飲むのはお付き合いの一杯目だけで二杯目からハイボールを飲むという人が圧倒的に多いが、ハイボールの方が太らないという定説を意識している人が多いのだろうなあとぼくはある時期から気がついた。たくさん食べた後は歩くとか、たくさん食べた日の翌日はほとんど食べないとか、たくさん食べる日の昼食は抜いてくるとか、そういう人が意外に多いことにもある時期から気がついた。ぼくは食事を抜くとか減らすということが絶対にできない。三食すべて必ず満腹まで食べる。

 

太りやすい人というのは、胃の中にいる菌が、なにを食べてもそれを脂肪に変えてしまうのだと思う。あるいは脂肪分を集中的にピックアップして身体に吸収していこうとする働きが強いのだと思う。ゴリラが草を食って寝るだけでタンパク質を効率的に摂取し筋肉ムキムキのマッチョになるように。体型を決めるのは人間じゃない。菌だ。だから美味いもん食おうぜ。

 

Asian Lives Matter

我々は驚くほど人種差別の少ない世界に生きている。一年かけてアジアからヨーロッパまで旅をしたのに、ぼくが人種差別で辛い思いをしたことは一度もなかった。これは達成である。ぼくの達成ではなく、レイシズムに闘ってきた人類の達成だ。
大学入学した直後の春学期で、『1960年代アメリカ』という講義を受講した。その講義では、キング牧師の有名な「I Have a Dream...」のスピーチ原稿が原文で配られ、戦時下のサイゴン焼身自殺をはかった僧侶のビデオが放映され、ボブ・ディランのいくつかの歌が「歴史的資料」として流された。ウッドストックでジミヘンがアメリカ国家を破壊的に演奏している映像には、ボーイフレンドに肩車されたトップレスのおねーちゃんが天使の輪っかみたいな髪飾りをつけて恍惚と身体を揺すっている様が映っていた(はず)。
すごい時代があったものだ。ぼくはそう思った。それらを「学問したい」と思うほどぼくには知識も情熱も足りてなかったけど、雰囲気だけはびんびん伝わった。なんだか熱い気持ちになった。ロック、ジャズ、文学、アート。戦争に人種差別、男女の人権、サイケデリックカウンターカルチャー。社会問題がゲージュツと結びつき若きカリスマが誕生し人々が闘った。すごい時代があったものだ。本当に。
一方で現実の大学生活は全然すごくない感じになっていた。ヒーローはいない。革命もない。ボブ・ディランビートルズはっぴいえんども、名盤と謳われたあのアルバムが、バンプ・オブ・チキンより迫力のない音で再生されたのには参った。古本屋よりブックオフレコード屋よりTSUTAYA。サイゼで粋がる他大生。2ちゃんねるでファッションを学ぶ早大生。タイムアウトするバイトの応募フォーム。生き生きと路上自転車を撤去していくシルバー人材センターのベストを着た老人たち。入学から卒業まで工事中だった文学部のキャンパス。3.11東日本大地震一歩手前の頃のことだ。
『ロッキン・オン・ジャパン』かなんかの雑誌で、若手バンドの野比のび太みたいなボーカリストが三人集まって「コンプレックスがないことが俺らの世代のコンプレックス」だなんて馬鹿げたことを対談していた。ぼくはぼくなりに、60年代や70年代や80年代や90年代の伝説の残滓を求めて上京した。あの本で読み、あの音楽で聴き、あのドラマで観たあの伝説たち。しかしそこにはもうなにもなかった。ぼくと同じように「物語」に憧れてやってきた田舎者たちは、先輩が三万字インタビューで語ったその人自身の青春時代の真似事ばっかしてた。
とはいえ世界は平和だった。アメリカの広告に「白人モデルばかりを載せてはいけない」という不文律(法律?)があることは有名だ。ハリウッド映画だってそう。中学校の教科書で、アメリカという国は「人種のるつぼ(melting pot)」であると習っていた。「るつぼ」の響きが面白くてぼくはその言葉を当時から気に入っていた。有色人種の人権も、女性の人権も、障害者の人権も、問題が取り沙汰されたのはずっと昔のことだった。

しかし、あるところには人種差別はまだある。ぼくはそれをやはり旅を通して学んだ。ぼくは差別にあわず、差別をしないように心がけたが、「差別的感情がどうしても人間の心の奥底には巣食ってしまうのだということ」について、考えさせられる機会は多かった。
ブログには何度も書いたけど、旅の途中において旅以前を振り返る形でぼくがだんだんと気になっていったのは、日本人による韓国や中国や東南アジアへの差別感情だ。話題になった「Black Lives Matter」に賛同した日本の人たちも、「爆買い」を謳歌する中国人団体観光客にこれみよがしに眉をひそめたり、「あれは韓国企業だから」と幼稚なカテゴライズをしたり、東南アジア出身のコンビニ店員に威高に接したり、北米とヨーロッパと日本以外は不潔で危険で旅行するなら常に盗難と詐欺とクレカのスキミングに警戒しなければならないなんて前時代的なことを今でも信じていたりしている。
もちろんぼくだってそういった気持ちがゼロというわけではない。だが、「ゼロでないが本来ゼロであるべきだ」と意識するのと、それでいいのだと開き直るのには雲泥の差がある。
いたって普通に思うには、まず日本の人たちが学ぶべきは「Asian Lives Matter」だろうということは明らかだ。この国に「黒人差別」の歴史はない。その代わりに、あまり大々的には語られてきていない「アジア人差別(アジア人を見下してきた)」の歴史があるのだから。
一方でこの問題は本当に根深いと思うときぼくは、ヨーロッパの街で美しい教会の写真を撮ろうとするときの自分を思い出す。いい写真を撮りたいと思うと、そこにごく自然に写っている人物というのが大事になってくる。教会の前であれば、天使のような金髪の子どもたちが駆け回っているならそれは絶好のシャッターチャンスだし、ハンチングにチョッキを着込んだ丸メガネの老人なんかが杖をついてちょこんと階段に腰掛けているのも絵になる。だけど実際にそういうことはほとんどない。なぜならヨーロッパには大量の黒人移民、アラブ人移民、中国人移民がいるからだ。その街並みがどれだけ生粋のキリスト教社会の歴史的建築によって完成されていても、歩行者全員そろって白人であることはまずない。正直な話ぼくは、自分の掲げたカメラがフォーカスした大聖堂の前を中国人のちっちゃいおじさんが通りがかっているとき、シャッターを切れない。それではどうも絵にならないし、ぼくの求めるヨーロッパという感じがしない。同じように、そこにいるのがヒジャブの奥さんたちでも、黒人青年の物売りでも、シャッターを押すのを躊躇う。白人だとまあいいかとなる。そんなとき、ぼくはぼくの中の差別感情を意識する。ぼくの求めるヨーロッパ。それになんの価値があるだろう? そう思っているのに。
トランプ大統領が誕生して三年が経つ。彼はアメリカファースト、白人ファーストを掲げる自他共に認めるレイシストだが、問題はどうして彼が支持を集めているかというところにある。自由の国アメリカ。差別と闘ってきたアメリカ。世界をリードするアメリカ。南北戦争。シックスティーズ。ポリティカルコレクトネス。その果てに行き着いたトランプというリアル。
かの国は多くの移民を受け入れ、単純労働の一角を長く移民たちが担ってきた。それは企業の経営者たちにしてみればありがたかったに違いない。移民たちは低賃金でも懸命に働く。彼らがいると企業は助かる。じっさい、古今東西の経営者の悩みのほとんどは「人材」に尽きるのではなかろうか。移民政策に賛否はあるが、国の経済力のカンフルになるかならないかと言えば、なるに違いないとぼくは思う。二十一世紀、日本を引き離してイギリスやドイツなどの大国が経済を持ち直している理由の一つは、移民たちが下支えになって経済を混ぜっ返していることにあるのだろう、ぼくはそう経験的に実感した。
だが移民は、企業にはプラスだが、自国の労働者には大敵である。移民は仕事を奪い、賃金を引き下げる。トランプはそんな彼ら、白人の低所得者層から強く、そして感情的に支持されているらしい。ぼくには、それは無理もないことだと(同じく感情的に)思う。黒人差別の問題はこのようにして複雑なのだ。黒人がいなければあなたの時給が上がります。そう言われたら「Black Lives Matter」に賛同した日本人たちはどうするだろう?

正義感や優しさが自分の心に燃えていると人は幸福を感じる。だけど幸福を感じるために、ライターの火みたいに簡単に点火する正義感や見せかけの優しさを手にするべきではない。ほとんどの場合、かなりの確率で、正義感や優しさはその人個人の中で矛盾した行動をとっている。「あんなことやってたやつが、こんなこと言ってるよ」、「あんなこと言ってたやつが、こんなことやってるよ」。他人をそのようにして見咎める必要はないけれど、自分ではそうならないようにしたいと思っている。

猫と立川

かねてから梅雨の晴れ間という予報だったので、今日は中野のブックファーストで単行本を二冊買ってから中央線に飛び乗り、立川まで出かけた。目的はペットショップ巡りだ。

三鷹を過ぎたあたりからどことなく車窓から見える車道も広々としてきて、家々の庭も優秀な専業主婦によってキラッとよく手入れされているように姿を変えつつあったが、立川までくるともうここは一つの「地方都市 = 地方の県庁所在地」だなという感想を持った。

改札を出るとでっかい駅ビルの内部で、南北の出口までが大通りみたいに開けている。モノレールに乗り換えるために北口側を出ると、そこは地上からすると二階の位置にある空中遊歩道であり伊勢丹などのデパートに接続されている。ぼくはこれと同じような景色を仙台駅や宇都宮駅や大宮駅で見た記憶がある。デジャブ、デジャビュ

人がたくさんいるのは都心と同じだが、中高生や大学生の比率が高いところがすごくいい。都心は意外と(若ぶった)大人ばっかりで、高校生なんかを見かけるのは結構レアである。コロナナントカで登校事情がどうなっているか知らないけど、やっぱり街に若い人が多いのはいい。

モノレールで立飛駅まで行って、「ららぽーと」を訪れたんだけど、男子高校生のクソガキ集団が、入り口に置かれた体温計(額に向けるやつ)をお互いに向けてワイワイガヤガヤと検温しまくってて最高に微笑ましかった。ああいうクソガキ集団は都心にはなかなかいない。立川が地方である例証だなとぼくは感じた。

女子高校生というのを見る機会も普段はなかなかない。「ららぽーと」の帰りに立川北駅でモノレールから降りたときに前を歩いていたすらりとした女子高校生は「あいみょん」みたいなブラックロングヘアの毛先だけくしゅっとカールさせてすごく垢抜けているんだけど、「OUTDOOR」というスポーツ系ブランドの黒いリュックを「がさっ」という感じでクールに着こなしていて、そのシンプルでクリーンなテイストがいかにもいまどきだなーと思っていると(ひと昔前なら「キツイ」と言われかねないような目元が赤く滲んだ最近のメイクもぼくは好きだ)、改札の前で待っていた友だちの集団を見つけた途端、「ザ・女子高生」みたいな叫声を上げて走り寄って抱きついた。
やっぱり街に若い人が多いのはいい。ぼくはそう思う。

ららぽーと」も良かったけど(ドバイモールを筆頭に旅先で訪れたショッピングモールたちを思い出させた)帰り際に寄った、ジョーカーというペットショップが入っている「GREEN SPRINGS」は稀に見る美しいショッピング施設だった。ヨーロッパの街並みにも引けを取らない「GREEN SPRINGS」は緑と水、あずまやとコーヒーショップが絶妙な開放感と目隠し感のバランスで配置され、いちショッピング施設というよりも、優れた都市計画が産み出した未来都市のひとつのモデルであるように感じた。立川という街は、かつては米軍基地のあるダークな印象が強い街だったようだが、いまは都内でも有数の住み良い街なのかもしれない。

意識してペットショップを巡ったのは今日がはじめて。実はぼくは猫を飼いたいと思っているんだけど、今日の成果からするとなかなか前途は多難である。犬や猫はどうしてあんなに高いのだろう? うん十万はくだらない。そんな金があるかないかというよりも、ひとつの命に値段がつけられているということに、まずぼくが咀嚼しなければならない課題がある。血統によって、健康状態によって、そして容姿によって、犬や猫に値段が付けられている。可愛い子を、血筋の良い子を、五体満足の子を買うために、高いお金を払う。その行為についてなにも思うところなく「前提」として受け入れてしまうことは少なくともぼくにはできない。その点、同じペットショップにいたカメレオンなんかはカワイイもブサイクもないので(あるのかもしれないけどさ)、心を無にしていつまでも見つめ続けられる気がした。

 

ハンドルネーム人間模様

修学旅行の夢

旅関係の夢はよく見る。それも実際に旅した記憶のある景色をなぞるのではなくて、また新たな旅に出てしまった夢だ。そのほとんどが今の自分と地続きの大人のひとり旅だが、先日は自分が高校生になっていて修学旅行に行く夢を見た。

その夢でぼくは飛行機に乗るところで(現実に高校のときは飛行機になんて乗らなかった)預入荷物のスーツケースのパッキングに大きく手間取り、とにかく慌てていた。同級生のひとりはなぜか空港の職員として制服を着ており、機内持ち込み荷物をスキャンするコンベアーの前でそんなぼくを急かしていた。

ぼくは散々慌ててチェックインした預入荷物の中に、機内に持ち込みたいものがあったことを思い出し、もう一度頼み込んで取り出してもらおうか悩んだが、ただでさえスケジュールが押していたのでさすがに諦めようかなあと消極的な気分になっていたのを覚えている。

 

漢字のフルネーム

目が覚めてから、ぼくと同じようにチェックインが遅れてみんなに迷惑をかけていた生徒のひとりとしてとある女子生徒が夢に登場していたことを思い出した。その人とはいま面識があるわけでもなければ、特別な思い入れがあるわけでもない。だから「なんでこんな人が出てきたんだろう」と思った。

意外だったからこそ、目覚め直後のぼくには印象に残っており、ぼくは「そういえばこの人、結婚していたっけ?」と考えてからLINEを起動して、高校の同窓会がきっかけで新たに組まれたLINEグループを開いてみた。

メンバー一覧を見ていくとそこにその人の名前があった。漢字のフルネーム。そして姓は当時と変わっていない。婿養子でももらっていない限り、未婚ということになる。やっぱりとぼくは思った。なにがやっぱりって、このLINEグループでやはりそれを見た記憶があったからだ。つまり、目覚めてLINEを起動したときのぼくの心境を正確に表すならばそれは、「そういえばこの人は、旧姓だったよな」なのである。

 

新旧ハンドルネーム

その人が旧姓のままであることを確認し、だからどうだというのだろう。実際どうということもなかったが、ぼくはしばらく、その夢と、目が覚めて自分がとった行動について考えていた。

違和感の正体は、どちらかと言えば目が覚めてからの行動にあった。ひとりの女性が未婚か既婚かを知るためにぼくは無意識にLINEを起動した。それが意味するところは?

そう考えて改めて、そのLINEグループの(かつて)女子(だった人)たちの名前を見直してみた。LINEのハンドルネームは本名である必要はない。だが基本的には本名を知っている人間には判別が可能なくらいには明らかにして登録する風習となっている(LINEはTwitterなどと違ってWebに開かれているSNSではなく対面時に交換するものであり電話番号とも紐づいているのでプライバシーの観点でハンドルネームをぼやかす人はほとんどいない。ぼくも漢字のフルネームだ)。ひととおり上から下まで見たぼくはナルホド面白いなあと思った。なにが面白いって、ハンドルネームのネーミングには記憶の中のその人のパーソナリティが今もさほど変わることなく顕われているように感じたからだ。

姓が変わらない人もいれば変わっている人もいる。姓が書かれていなく名前だけの人もいる。姓が変わっている人がビシッと漢字で新しい姓にしているのもその人らしい気がするし、変わっていない人がビシッと漢字で旧姓のままなのもどことなくその人らしい気がする。新しい姓名の後に(旧姓○○)と補足している人もいて、なるほど、この人はこういう人だったかもしれないと思ったりもする。漢字。ひらがな。ローマ字。見て、考えて、思い出すだけでも興味深かったが、しかしそこにはただ興味深い以上に気になることがあった。

 

姓という情報を省く

そこで改めてぼくは、そのグループだけでなく、LINEに友だちとして登録されているそれほど多くない女性のハンドルネームをざっと見直してみると(ひまなんだよね。悪いけど)、やはり、「名前だけ」という人の比率が男性よりも確実に高いのだった。

女性のハンドルネームに「名前だけ」が多いのは、そのほうがソフトな印象を与えるからだろうとぼくはなんとなく思っていた。『橋本環奈』だとちょっと堅いし顔も年齢もよく分からないけど『かんな』とかにしておくとなんとなく若くて可愛い子なんだろうなという補正のようなものが入る。選挙ポスターと原理は同じで、『小橋照彦』を『TERU』にすると突然GLAYになるのも原理は同じ。

だがどうも話はそう単純ではなかったのかもしれない。結婚という個人的事情が、親しい人にもそれほど親しくない人にも幅広く伝わってしまうLINEという公共空間において適齢期にある女性たちは、男性が考えるよりもはるかに繊細な立場に置かれていて(旧姓のままでもヘェと言われるし、新姓でもヘェと言われる)、繊細なことを考えてハンドルネームをつけているのではなかろうか。

もし自分が女性だったらどうするか。結婚していたら? していなかったら? いずれにしてもぼくも名前だけにする可能性は十分にある。自分の性格からすると「ヘェ、結婚してるのね」とも「ヘェ、結婚してないのね」ともそのどちらに思われるのもなんとなくシャクだと考えるような気がする。これは想像の域を出ないけど。そしてそのためにハンドルネームから姓という情報をスパッと省くわけだ。大いにあり得る。だけどそういうときぼくはきっと、旧姓だろうが新姓だろうがビシッと漢字のフルネームでキメている友人にはちょっとした憧れを抱く気がする。